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zoom RSS 静岡県の古城・大雲院土居

<<   作成日時 : 2018/06/23 11:40   >>

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大雲院土居(別名 大雲院) 築城年戦国期 築城者深沢八郎右衛門 種別 居館
          静岡県御殿場市深沢字西村小字寺内
   
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大雲院寺記、駿河記によれば大雲院は深沢八郎右衛門の開基であり、深沢氏は当地の開発者であるという。
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その屋敷跡を「堀之内」といい、四方一丈ばかりの土手・馬場の跡があるという。
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本自院は御殿場深沢の中央部台状地形先端に位置し、
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山門東方前面には一段低い水田地帯が展開している。
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本堂を中心として、その背後から南側にかけて鍵ノ手状に長さ110mの土塁があり、
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山門前遊園地側とその南に隣接した人家の道路に沿って、それぞれ長さ40m〜50mの土塁が残存する。
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北側土塁は道路によって断ち切られるが、西に向かって延長される痕跡がある。
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周辺の関連地名から推して、本寺域が深沢氏の居館の地ではないか。
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また「市場」「大瀬戸」に続く「竹ノ後」の小字は館の後ではなかろうか。
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天正十年(1582年)深沢城落城の時、兵火にあって本寺は焼亡したと寺記にあるので、深沢城の出城として使われたのではないか。おそらく深沢氏の居館であったと思われる。
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大雲院は御殿場市深沢にあり、本堂を中心に裏手から南側にかけて、約100mのL字状の土塁があり、
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三門の北側と門前および南東側の民家道路沿いに、長さ30m〜50mの土塁がある。
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寺記や「駿河記」によると、大雲院は深沢八郎右衛門の開基で、八郎右衛門は深沢の開発者であり、
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その屋敷を「堀之内」といい、方一丈の土手と馬場の跡があったとする。大雲院は、天正十年(1582年)、深沢城落城の時に兵火にかかって焼失したというが、あるいは深沢城の出城に使われたのだろうか。大雲院の山門は深沢城の城門を移築したものという。(参考資料として静岡県中世城館跡 日本城郭大系・9 案内板 その他)
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