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zoom RSS 静岡県の古城・宝持院土居

<<   作成日時 : 2018/06/25 12:05   >>

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宝持院土居(別名 宝持院) 築城年不明 築城者大森氏頼 種別 居館
        静岡県御殿場市東田中字沓間
   
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群書系図部大森葛山系図に沓間三郎親房、その与四朗入道親俊あり、この宝持院近辺を沓間というから何か関係があるのだろうか。
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宝持院記によると、本寺院はもと真言宗の古刹で寺窪というところに寺域方八町あったが。長禄二年(1458年)小田原城主大森氏頼が、これを当地に移し、再興したという。
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本寺院は旧御殿場の東方300mの、東方に舌状に張り出した微高地、標高450mの小字西海道(ニシカイト)に位置する。
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本堂西側から南側を巡り、長さ190mの大土塁があり、その東端は方40m、高さ3m〜4mの郭状遺構に連なる。
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本寺院北側は比高2m〜5mの崖が巡り、一部方形状の平場が張り出す。
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その内側には土塁があった痕跡がみられます。本寺院は大森氏北駿支配の政所的な居館跡であったのだろうか。
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宝持院は旧御殿場の東方、沓間小字西海戸にある寺院で、本堂の西側裏手から南側にかけて、
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長さ約240mに及ぶ土塁があり、三分の一の所に出入り口が開口する。
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土塁の東端に方30mの土壇が築かれ。上面は土塁に囲まれていた形跡がある。
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寺院の北側は一段低い水田となっているが、その境にも土塁状の遺構が観察される。
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宝持院は長禄二年(1458年)、小田原城主大森氏頼が開基となっているが、
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中世、北駿の大森領を管理する居館であったとも考えられます。
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(参考資料として静岡県の中世城館跡 その他資料)




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