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zoom RSS 静岡県の古城・生土城

<<   作成日時 : 2018/07/09 16:08   >>

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生土城 築城年応永年代 築城者足利持氏? 種別 山城
     静岡県駿東郡小山町生土字城山
   
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駿河記その他の文献によると、応永二十三年(1416年)、上杉禅秀の乱によって、鎌倉公方足利持氏が三年間本城に居住したというが、実証するものがない。   
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本城跡は小山町生土の北西から南へ派出した半島状丘陵の先端部標高380mの小字城山と称する山頂に位置する。
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山頂の平坦部を利用して、長さ500m、幅25m〜50mの範囲に三つの郭が構成されている。
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主郭は長さ175m、最大幅50mあり、西に向かって三段の平場がある。
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両端は幅6〜8mの空堀で画され、空堀は左右へ涸沢状の竪堀となって山脚へ落ち込む、
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北西側の後郭は長さ200m、最大幅40m、南側の前郭は長さ100m、幅25mある。前部には三段の平場があり、最下段の平場付け根部に井戸跡が残っている。
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井戸跡のある平場の下にさらに狭い帯状の平場がめぐり主郭と画する空堀まで達しているが、崩壊して明らかではない。その前面に二本の竪堀状の遺構がわかる。
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本城は南は鮎沢川、東は頓沢、西は野沢川に囲まれた要害の山城です。
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城山山頂部にいたる斜面は急峻であり、遺構は簡単にできているがすこぶる要害堅固です。
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また北駿から相模へ抜ける交通路を扼し、双方へ進出する拠点として理想的な位置にできている。
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周辺の関連地名からみて、独立した城郭として領主的支配経営のあったことを推定ができる。
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同城山周辺には「城下」、「上屋敷」、「下屋敷」、関屋口」、「一の木戸」、「土櫓」等の地名が残っているとのことです。
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南東麓に旧来の登山道は崩落して今は登ことができません。六枚目の写真が旧来の登り口でした。
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今は西麓にある雲霧神社の所に案内標識があります。それに沿って登っていきます。
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(参考資料として静岡県の中世城館跡 中世城郭縄張図集成・中部・駿河国版 その他)

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