静岡県の古城・鍋島公陣屋

鍋島公陣屋 築城年安政二年(1855年) 築城者鍋島内匠守 種別 陣屋
         磐田市岩井
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桶ヶ谷沼の前方にみえる小高い丘が陣屋跡がある所です、沼のそばに鹿島神社の鳥居のある所より30m位登った所に鍋島公陣屋という案内板と登っていく方向の矢印があります、地図では案内板の所を指しています。道はハイキングコースを登って約300mぐらいの所に陣屋跡の案内板があります。
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   岩井山殿ヶ谷標高52mの地にあり安政二年(1855年)鍋島内匠守(五千石の旗本)に陣屋として、磐田豊田山名郡下の知行所となり栄えた。
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明治三年(1870年)徳川慶喜将軍職を朝廷に奉還することにより、陣屋はその業務を閉じて引き上げる。
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現在敷地は2000m²、土塁、矢場の跡等が遺っいる。第二次世界大戦中は、陸軍の砲陣も敷設された要害の地である。
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安政二年(1855年)に磐田、豊田山名郡を知行した鍋島氏代々の陣屋があった。鍋島氏は幕末の旗本で東海道遠州土木事業を担当していました。
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 最後の当主は鍋島頴之助で、慶長三年(1867年)に徳川慶喜が大政奉還をしたことで、陣屋は廃止されました。
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この陣屋についての詳しい由来がわからなかったのですが、遠江国にあるどこかの藩の出張陣屋だったのではないかと思われる。現在は桶ケ谷沼の側を通る東部ハイキングコースの中にあります。
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   (参考資料 現地案内板 その他)

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この記事へのコメント

江草 友良
2020年08月02日 10:07
鍋島公陣屋はこの紹介記事の後山の上の陣屋が不便で、岩井村の里に移転する交渉の資料が磐田市史に記載された居る。さらに鍋嶋頴娃之助知行所の名前で岩井村の絵図を描かした資料が市立図書館にある。この絵図には、岩井村の里安全寺の位置と岩井村大久保の東光寺北に陣屋が描かれた資料がある。
その資料コピーは下図である。


城きち
2020年08月02日 15:10
江草友良さまコメント有り難うございます。
色々と勉強になりました有り難うございます。この陣屋跡は桶ヶ谷沼に来た時偶然に見つけたものです。

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