岡城(別名 臥牛城・竹田城)

岡城(別名 臥牛城・竹田城) 築城年文治元年(1185年) 築城者緒方三郎惟栄(これよし) 種別 山城
              大分県竹田市大字竹田

岡城は日本百名城の95番目です、訪問日は2006年3月です。
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岡城の特色は、難攻不落の天険にあって、日本屈指の堅城とされながら、城址とその城下竹田には風雅の香りが高いという対照の妙にあります。
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岡城は、豊後本線の豊後竹田駅から東へ二キロ足らずの所にあります。
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標高は325mの溶岩台地を基盤として、その上に造られた山城です。
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竹田は稲葉川と白滝川によって隔離されていますが、岡城はその二つの川に挟まれた溶岩の台地を利用して築かれたので、そのまま天然の要害となった。
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岡城の歴史はひじょうに古く、鎮西八郎為朝がここに砦を築いたという伝説もあるが、確かな築城史は、文治元ねん(1185年)の緒方三郎惟栄に始まる。
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惟栄は、豊後の豪族大神氏の一族で、源平合戦では、宇佐や壇ノ浦に出陣して平家勢を散々に苦しめ勇名を駆せている。
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中世には志賀氏の居城であったが、文禄三年(1594年)中川氏の入部によって岡藩の城となった。
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現在残されている城郭は中川氏築城の物であります。
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明治に至るまで岡藩を統治した中川氏によって築城された岡城は、本丸・二ノ丸・三の丸・西の丸・廟所などの主な曲輪からなっています。
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城の始まりは、文治元年(1185年)緒方惟栄が築き、
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建武元年(1334年)大友氏の一族で、南朝に属した志賀貞朝が本丸を天神山に築くなど、相当な改築を加え、岡城と命名したと伝える。
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以後、志賀氏が代々居城し、親次の天正十四年(1586年)九州全土にその威をふるった島津の大軍を迎え撃った。
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豊後の詰城ことごとく島津氏の手中に治められた中で、岡城は城兵よく奮戦してこれを避けた。
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文禄二年(1593年)大友氏失脚と供に志賀氏もこの城を離れねばならず。翌年、播州三木城より中川秀成が七万四百石で移封された。
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秀成は城に大修築を加え西側を拡張して二ノ丸・三の丸を整備、臥牛城と名付けた。
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また、大手門は加藤清正の助言により、東向きであったのを西向きとし、工事に三ヶ年を費やしたと伝えられている。
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城下町は、城が山城ゆえに密接していないが、南北四条、東西五条の市街が造られ、志賀氏時代の城下町玉来、十川から住民を招致して基礎が定まった。
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西の丸は、寛文四年(1664年)に、三代藩主中川久清により隠居所として、御殿の普請が完成している。
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石垣の普請は、石垣職人として有名な穴太衆と思われる「穴太伊豆」が大坂から呼び寄せられ工事にあたっている。
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その後、度重なる地震や風水害により城内各所が破損し、その都度石垣の修理が行われ、積み直した跡が今も見ることができます。
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明和八年(1771年)には城下町より出火した火が城内に移り、西丸を始め、本丸・二ノ丸・三の丸・御廟・下原まで類焼し岡城内のほとんどの曲輪が焼失した。
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再建は、火災以前の殿舎の構成を基本的には踏襲して行われた。現在史跡内には、主要曲輪だけでなく近世城郭における各建物の遺構(武家屋敷・宗教的建物)が残されています。
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岡城は、文治元年(1185年)大野郡緒方荘の武将緒方三郎惟栄(これよし)が、源頼朝と仲違いをしていた弟義経を迎えるため築城したと伝えられるが、
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惟栄は大物浦(だいもつうら)を出航しようとして、捕らえられ、翌年上野国(群馬県)沼田荘に流された。
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建武のころ豊後国守護大友氏の分家で大野荘志賀南方に住む志賀貞朝(さだとも)は、後醍醐天皇の命令を受け、岡城を修築して北朝と戦ったとされるが、
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志賀氏の直入郡への進出は、南北朝なかばの応安二年(1369年)から後でその後はきむれ(騎牟礼)の城であった。
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のちに志賀氏の居城は岡城に移った。
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現在、城跡には壮大な石垣が残り、国の史跡に指定されています。のちに滝廉太郎は少年期にこの地で遊び、不朽の名曲「荒城の月」が生まれた城下にはその旧居や武家屋敷、田能村竹田の生家などがあります。
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(参考史料 日本城郭大系 城郭と城下町10 現地案内板 その他雑誌)











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