鈴尾城(別名 福原城)

鈴尾城(別名 福原城) 築城年永徳元年(1381年) 築城者福原広世 種別 山城
    広島県安芸高田市吉田町福原


写真00003.jpg
鈴尾城は、吉田盆地南の可愛(えの)川に面する丘陵上に築かれた山城です。
IMG_0291.JPG
毛利氏の親類で、のちに重臣となった福原氏の居城です。
IMG_0294.JPG
位置としては、南北に流れる可愛川によって開けた吉田盆地の南辺にあり、
IMG_0295.JPG
毛利氏の郡山城からは、南西方約六キロの地にあります。
IMG_0297.JPG
城は盆地内に半島状に大きく張り出した位置にあたっているために展望は開けています。
IMG_0299.JPG
吉田盆地のほぼ全域と西は入江・勝田方面まで見渡すことができます。
IMG_0301.JPG
周辺の西方には桂氏の中山城、柏村氏の柏ヶ城、長屋氏の槇ヶ城、星ヶ城などの毛利氏家臣団の城が取り巻いており、
IMG_0312.JPG
東方には毛利氏初期の毛利光房の琴碕城、井上氏の天神山城などがある。
IMG_0315.JPG
福原氏は関東評定衆長井氏の子孫で、備後長和荘の長井氏とは親類にあたっている。
IMG_0320.JPG
六代広世は、毛利元春の五男で、のち長井氏を継ぎ、備後信敷荘の領主であったが、
IMG_0325.JPG
永徳元年に、元春より安芸国内部荘・福原村を譲られたため福原に移り、姓を福原と改めて城を築いた。
IMG_0328.JPG
十六世紀元俊に至るまでの二百十九年間福原氏の居城と伝えられています。
IMG_0348.JPG
天文九年(1540年)の郡山合戦には広俊がこの城に立て籠もって吉田盆地の南の守りとした。
IMG_0365.JPG
鈴尾城は、標高316m、比高110mで、三方を急峻な崖と背後を空堀で区切ることによって要害としている。
IMG_0349.JPG
郭は機能的に、頂部を輪状に巡る中央の郭群と北側の支尾根上につながる小郭群、
IMG_0356.JPG
更に東側の谷近くにある居館跡の三群に分けられる。
IMG_0375.JPG
頂上部の郭は南北18m、東西12mの広さをもち、
IMG_0358.JPG
その中央には櫓だったと思われる高さ1m上幅1.5mの石垣がある。
IMG_0365.JPG
城の眼下には、可愛川があり、これを扼(やく)す要衝の地として戦国動乱期の吉田盆地を守る南の要であった。
IMG_0371.JPG
(参考史料 日本城郭大系 現地案内板 その他雑誌)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント