浦戸城

浦戸城 築城年天正十九年(1591年) 築城者長宗我部元親 種別 平山城
    高知県高知市浦戸

月の名所の桂浜に城跡は存在する。
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城は海辺に突き出た台地の上に設けられ、南は太平洋に、東は浦戸湾の入口に面して、北は天然の良港に臨む。西と北西部が開け、長浜へ通じています。この城は長宗我部氏の居城として有名ですが、その発祥は南北朝の頃までさかのぼる。建武三年(1336年)、南朝・北朝がこの城を巡って交戦したとの記録はあるが確認はありません。ただ鎌倉時代の末から室町時代初期にかけて、この地方を支配した士豪の城塞であったことは確かであります。
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土佐の中央にある浦戸湾は、かって国庁や高知城下へ通じる表玄関としての役割を果たしていた。そのため、歴史的な面影を今に伝える数多くの史跡がある。浦戸城はもと本山氏の出城であったが、本格的に築城したのは、長宗我部氏が大高坂(おおたかさ)城から移転した天正十九年(1591年)からであります。慶長五年(1600年)新領主山内氏が入国し、同八年に高知城に移転するまで居城としていた。
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長宗我部氏は国親から元親へと継がれ、元親は着々と勢力を伸し、天正十三年(1585年)には四国全土を征服した。四国の覇者の期間は短く豊臣秀吉の四国征伐にあい、三国は没収され土佐一国の領主となった。
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浦戸城へは、土佐電鉄バス桂浜行き終点で下車。城跡のある桂浜は、坂本龍馬の銅像などで有名な高知県を代表する観光地です。
本丸跡にたつ展望台に上ると、浦戸湾、そのかなたの高知の市街も一望できます。本丸は五十三間四方で、五間四方の天守閣を設け、二ノ丸、三ノ丸、それに出丸と言う構えであります。浦戸湾寄りの麓を城下町として侍屋敷などを置き、舟溜所も設けられた。
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(参考資料 日本城郭体系 日本城郭事典 城郭と城下町 8 現地案内板 その他雑誌)





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