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zoom RSS 釜原城(鎌原城)

<<   作成日時 : 2017/10/09 10:58   >>

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鎌原城(鎌原城) 築城年戦国時代 築城者不明 種別 丘城
           御前崎市浜岡町新野字中尾
釜原城址は浜岡町新野字中尾・山田ヶ谷と小笠町高橋字佐栗谷にまたがる地域に位置し、
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この丘陵地は釜原と呼ぶ北西から東南に広がる長さ250m、幅60mの区域にわたる河東山の東端にあたる部分で、
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高橋ノ城の尾根続きに南方へ突き出している。当城に関する有力な史料はない。
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中尾部落南端、県道の北西側に「殿のや」という小字名があり、その谷を山裾に沿って進むと曲輪に出る。
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さらに進むと20m×15mの曲輪に入る。その西隣には20m×35mの細長い曲輪があり、北西に5m高く主郭が連なる。
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主郭西側は急峻な「仏念」と呼ぶ谷である。
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大部分は茶畑造成時になり除かれたと伝えられるが、北西・北・西側に北隅から中尾溜め池方面に延びる尾根は、二ヶ所の堀切で守られ、西北隅からは、両側が深い谷となった鞍部(長さ40m)を通り北の出曲輪に出る。
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出曲輪は北西に向かって崩れているので旧状はわからない。下方左手に観音堂の跡、庚申松の両部は、特色は、縦に長く曲輪を配し、周囲はすべて急峻な浸融谷を利用して堀切は比較的少ない。
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しかし、地理的には新野城・高橋ノ城に近く、また高天神城とも向かいあっており、塩買坂方面への街道を拒し、蓮郭式、見方のよっては一城別郭の砦であり、戦国時代の築城と言えよう。
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菊川方面から県道37号線を南下して、旧道、佐栗谷トンネルを越え、600m位行くと新野地区の新野農協の三叉路を右方面に曲がり50m位行くと、右手に釜原城址の小さな看板(写真、2番目と3番目)がある。
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道なりに登って行くとNTTの中継塔に出ます、そこの横に二台位止めるスペースがあり、そこに車が止められます。
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(参考資料として静岡県の中世城館跡 日本城郭大系・9 案内板 その他)

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