小泉城

小泉城(別名 片桐城) 築城年元和九年(1623年) 築城者小泉氏・片桐貞隆 種別 平城
       奈良県大和郡山市小泉町

小泉城の築城年代は定かではありませんが、南北朝時代には大和小泉庄の有力な地侍であった小泉氏が居館を構えていたという。
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小泉氏は大和に勢力を持つ越智氏に属し、越智氏と対立する筒井氏と敵対関係にあったが、永享十一年(1439年)越智氏が室町幕府管領の畠山持国の軍勢によって熊野へ追われ、
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長禄三年(1439年)には筒井順永が小泉城を攻め、時の城主小泉重栄は自刃。
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豊臣秀長が大和郡山城主となる前年の天正十二年(1584年)、秀長の家臣羽田長門守が一時的に小泉城に入る。
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徳川幕府の時代となると、元和九年(1623年)片桐貞隆は小泉城跡に陣屋を構え、小泉藩が成立。
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延宝元年(1673年)には内堀が完成し、城下町も整備された。片桐氏は貞隆を初代とし、十一代続いて明治維新を迎える。
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片桐貞隆の嫡子貞昌は石州流茶道の祖として有名。定昌は「片桐石州」と名乗り、徳川四代将軍家綱の茶道指南となる。
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小泉常跡は現在片桐家の居で、財団法人「高林庵」として石州茶道宗家の本部となっています。高林庵は広大な敷地で「薙刀池」と呼ばれる池に面して、かっての陣屋跡を彷彿とさせる二層の櫓が建っています。
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薙刀池は羽田長門守が造成した堀と言われ、片桐貞隆が陣屋を構える際にこの池を巧みに利用した。
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小泉陣屋(城)は、JR大和小泉駅の北西約600mの台地上にあります。慶長六年(1601年)に片桐且元の弟貞隆が小泉周辺も含めて諸国に一万五千余石を与えられて大名に列し、元和九年(1623年)に小泉に入部して陣屋を構えた。
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貞隆の子二代藩主貞昌は石州の名で有名な茶人であり石州流の祖となった。貞昌は寛文五年(1665年)小堀遠州の後を受けて将軍家綱の茶道師範となった。片桐氏は十一代世襲して、明治維新を迎えた。
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陣屋跡は住宅地等となるが、内濠の薙刀池、御庭池が現存するほか外堀の一部が遺存しています。薙刀池に面する旧藩主片桐邸(財団法人高林庵)は昭和十年代の建物であるが武家屋敷の面影をとどめ、隅櫓を模した建物も建てられている。
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御殿跡東隅の一部は小公園となって城跡碑が立つています。裏門は小泉神社表門として移築されています。
(参考史料 日本城郭大系 現地案内版 その他雑誌)






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