筒井城

筒井城(別名 筒井館) 築城年永享二年(1430年) 築城者筒井順永 種別 平城
      奈良県大和郡山市筒井町

筒井城は、永享二年に筒井順永によって築かれ、順慶まで七代に渡って筒井氏代々の居城でありました。
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もと興福寺の衆徒であった筒井氏は、周辺の武士団を併合し勢力を伸ばしたが、戦国期の大和騒乱において、興廃をくりかえした。
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永禄年間(1558年~1570年)、信貴山城主松永久秀と筒井順昭、順慶父子は大和の覇権を争う。
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順慶は、一時期、筒井城を出て椿尾城の籠もる。天正五年(1577年)、織田信長軍に協力して信貴山城に籠る松永久秀を攻め滅ぼし、順慶は信長から大和一国を与えられる。
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天正八年(1580年)、信長よりの大和一城令により筒井城を廃して、居城を大和郡山城に移る。
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近鉄橿原線「筒井駅」にある案内版をたよりに堀跡を巡ってみると。内堀・外堀とも各所で分断されてしまっています。
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溝と蓮池となっている内堀跡が残っています。城址には案内版はありませんが非常に分かりにくい場所に筒井城址碑があります。
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城内にいまある管田比売神社です。
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永享二年(1430年)筒井順永の築城といわれ、順慶まで筒井氏代々の本城でありました。筒井氏が力を得てくるのは一乗院の坊人としてで、土豪として近隣小土豪を押さえるようになるのは南北朝の頃です。
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筒井氏は興福寺衆徒として、村落支配を進めていく。室町幕府も、南朝的な越智氏に対し、北朝的な筒井氏には援助を与えていた。大和一国の戦国大名化を進めた筒井氏も順昭の死と、松永久秀の信貴山築城という障害に当面する。順昭の子順慶が僅か二歳だったからである筒井氏は逃れ、やがて明智光秀を介して織田信長に近づく。久秀討伐に功をつみ、大和守護の原田直政が石山合戦に戦死すると大和の支配を任される。
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(参考史料 日本城郭大系 日本城郭事典 その他雑誌)






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