大須和城

大須和城 築城年十六世紀頃 築城者多賀谷氏 種別 山城
     広島県呉市川尻町森四丁目


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このあたり一帯を「おすわさん」(御諏訪)と呼び親しんでいる。
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須和社が鎮座し、
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祭神は建御名方命(夫)と八坂刀売命(妻)(諏訪大明神とも言っています)で武事を司っている。
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また、諏訪社は大須和城の旧跡にあります。
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十六世紀の初め頃には、水軍の武将として多賀谷氏・及美氏・得益氏が「仁方・川尻」を共同支配していた。
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多賀氏は蒲刈を中心に勢力を振るい、東方を代表する小早川水軍の武将であります。
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東と西の勢力が同一の地方(仁方・川尻)で共同支配していた。
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この事は東と西が対立しながら境界にあたる仁方・川尻では水軍として連携していた事を示している。
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瀬戸内海地域は、平安時代末期から経済の大動脈として栄えてくるようになった。
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十六世紀半中頃の頃、ガラブル神父が本国のポルトガルへだした手紙によれば、
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川尻は「船長の九郎右衛門を初め多くの者が乗り込んでいた」とある。
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当時の川尻の衆は、何隻かの舟に武装して乗り組み、水軍として活動していたようであります。
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大須和城は十六世紀の頃の水軍の城であった。
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大須和城には185号線から野呂山へと向かう道の左側方面に案内板が掲げられています。
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城跡の道は細く狭い所で車が一台がやっと通れるぐらいの道です。
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城の登り口までは車でいけます、現在城跡には神社が鎮座しています。
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コンパクトな縄張りの大須和城です、主郭には祠と説明板があります。
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主郭西側には大堀切を隔てて曲輪があります。他にも主郭南側から東側にかけて曲輪がいくつかみられます。
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       (参考史料 現地案内板 その他雑誌)

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